笑うベートーベン」(6) (ベートーベンからのコメント)

皆様、お元気ですか、ベートーベンです。
いつもこの番組聴いて下さって有難うございます。
急に慣れない仕事に関わる事になって まだ戸惑っていますが
何とか司会のBeBeちゃんやスタッフに助けられて
がんばっていこうと思っています。
   よろしくおねがいします。

番組出演が決まってからの私の周辺の反響は
想像以上のものでした。内容も過激です。
「今まで孤高の哲人と思っていたのに裏切られた」
「そんなにタレントになりたいのか」
「見損なった」 「バカ!」 「最低!」など非難の嵐です。
そこでご挨拶代わりにこの番組出演のキッカケを
 説明させてもらいます。

話せば長くなるんですが ちょっとした事件が発端になってるんです。
これは一部ワイドショーで報じられた事なんで
 言ってもかまわないでしょう。

以前にプラハからカールスバートへ入って避暑休暇を楽しんでいる時、
大作家ゲーテ氏に何回かお会いできて色々な話ができたんです。
それは私にとって貴重な体験でした。
そのうちピアノ演奏会を開こうと言う事になって、
私の泊まっているホテルの部屋が
ちょうど二部屋続きだったのでそこでやる事になったんです。

たしかピアノソナタ25番の緩除楽章の時だったんじゃなかったかな。
7月とはいえ山のひんやりした夜風がテラスから入ってきていい雰囲気でしたね。
演奏を聴いているうちにゲーテ氏が感動して泣き出したんですよ。
よせばいいのにその時 私はついカーッとなって
「そんな安っぽいメロドラマじゃないんだ、帰ってくれ!」と大声で
怒鳴ってしまったんです。 その場をメチャクチャにしちゃったんですな。

それでもゲーテ氏はさすがですね、丁寧に礼を言って帰って行きましたが
その時はその態度もムカついたんですよ。
「分かっとんかい、あのオッサン。泣くとことちゃうやろ!」と吠えていました

後日その事を知ったBeBeには怒られました。
なにしろ彼女が私とゲーテ氏とを引き合わせるように
段取りをしてくれてたんですから。

彼女が言うには僕みたいに自己主張を曲げず 自分の世界にこもる者は
「誰も自分を理解してくれない」
「こんなにメッセージを送り続けてるのに分かってくれない」と
わめきちらしてる孤児の心を持った人間なんだそうです。

またこんな風に説教されました。
「Lちゃんみたいに哲学書片手に天上界の方向見上げて思索する人ばっかりじゃないの、
そんなのはほんの一握りのそのまた一握りなの。 
でも人はどんな生き方をしてる人でも名曲に出会えば嬉しい。
それは本当に嬉しいんですよ。
Lちゃんから見て受け止め方が一面的だったり
感傷的に過ぎたりするかもしれないけど、名曲の賦活力や治癒力を
受け取ったというサインを誰もが出そうとしてるんですよ 。
それでやっと名曲を受け取ったと納得がいくの。
喜びのサインなんだからニコニコして眺めてなきゃだめなんですよ。
大人なんだから、ね、ねっ!」って言われたときはさすがにこちらもムッとして
BeBeの顔をにらみました。
その瞬間,アッ!時代が変わったんだ、と思いましたね。

個人の一人一人が自立して物を見、考える時代になったんだと。

これまで作品に関しては自信を持て世の中に発表してきたんだけど
果たしてそれだけ他人とのかかわりに関して真剣だったかと思うと
今更ながら忸怩たる思いでいっぱいです。

しかし、あまりに子ども扱いされたので多少反論させてもらうと
これには「文学的感動」と「音楽的感動」のどちらが高級か、といった
古くからの対抗意識もビミョウに働いていたかもしれません。
まあ言い訳にもなりませんが。

最近、仲間が集まってホームパーティー形式による音楽と詩のコラボレーションが
流行っています。  シューベルト君が多くの詩に美しい音楽をつけてからよけいに
ブームに火がついたんです。 
 詩に即興音楽をつけたり音楽に即興詩をつけたりして遊ぶんですね。
 「メロドラマ」と言う形式です。
昼のテレビドラマじゃありません。
まあそんな集まりにフラリと立ち寄るつもりでこの番組に出る事を決めました。

これらの問題は突き詰めていくと、
 「作品は誰のものか」という大きいテーマに突き当たります。 
それは著作権といった法律の問題ではなく「存在している意義そのもの」のことです。
それは作者から社会に対して放射されたメッセージなのか
あるいはその時代を読み解く記号として受け入れられているのか
いわゆる「作品」か「テクスト」か という古くて新しい論争として
 これからも続く事でしょう。

この論争に興味を失うとき「芸術作品」は総合的なものから部分的なものへと
 姿を変えてゆきます。 
又その判断は「過去」が決めるものではなく「今」を生きるあなた方の
「感性」と「熟慮」にかかっています。
この番組で一緒に楽しみながら考えてゆきましょう。」