「笑うベートーベン」より     その2                      

   B:ベッティーナ・ブレンターノ

   L:ルードウィヒ・フォン・ベートーベン


B:いつだったか兄の家でのコンサートの時に、客のリクエストで
  交響曲「エロイカ」をピアノで弾いた時あったでしょ。
  その場に居合わせた全員があのお馴染みの出だしの部分がくると
  思ってたら、全然ちがう曲だったの。 静かに始まって、
  少ししたら「エロイカ」になったんだけど何か違うんだな。

L:ハッハッハ・・ () 違う曲だから当然だよ。ハッハッハ(笑)                    

B:出だしは何の曲だったの?

L:ハイドン先生の第6番シンフォニー「朝」の第1楽章だよ。
   途中、気が向いた時に「エロイカ」になったり、
  また「朝」に戻ったりしたりして遊んでた。

B:だけどまるでひとつの曲みたいね

L:あれは、「エロイカ」の展開部を使って二長調の「朝」の中に
  割り込んだだけで、どこも変更してないよ。
  僕の交響曲の3番は、山頂で見た「日の出」に感動して作曲したから、
  たぶんその時、“ハイドンの「朝」”は頭の中にあったと思う。

B:この曲の内容は単に「日の出」の感動を表わしただけじゃないでしょ。 
   第四楽章にバレエの「プロメテウス」の有名な曲が顔を出してくるよね。
   どうして「日の出」イメージから、いきなりプロメテウスが
  顔を出してくるの?


L:ハッハッハ…(笑)朝日に続いてプロメテウスがくっついて
  上がってきちゃうんだからしかたないよ。
 
   それにシンフォニー自体、何かのストーリーを表わすものでもないから。
   でもテーマは何だ、と言われれば、それは「火」だよ。

   人類に対する「啓蒙」の象徴である「火」 が主要なキーワード
  となって隠れているんだ。それで「日の出」も「プロメテウス」も
  無理なくつながるんだ。「火つながり」でさ。

   太陽を積んだ馬車に乗って天空に駆け上ってくるアポロと、
   後からその馬車に飛びついて、手に持った藁に火を移したプロメテウスの
   ドラマは、僕の好きな神話のひとつだよ。
   プロメテウスはその火を人類に与えたために、後にゼウスの怒りに触れ
   大きな試練に苦しむ事になるんだけど。

B:タイトルの「エロイカ」は、ナポレオンの事だったんじゃなかった?
   たしか最初のタイトルは、ナポレオンの姓の「ボナパルト」が予定されて
   たって聞いたよ。

L:ワッハッハッハ・・ () 
  真相はそうなんだ。本来は神話世界の名前にしたかったんだけど、
  貴族社会が市民社会になりつつある時期に
  アポロシンフォニーやプロメテウスも、
  ちっよとなーというところで支持率ナンバーワンの「ボナパルト」の名を
  借りたんだ。しかしちょうど発表直前に彼の政治姿勢が少し、
  おかしくなってきたんで、一般的な「エロイカ」に落ち着いた。
  まあ、それが大当たりでうれしいかぎりだ。


B:ほーお、ナポレオンへ色目も使いつつのプロメテウス賛歌に
  仕上がったわけだ。うん結構、興業師の才能があるんだ


L:ワッハッハ・・ (笑)ペテン師を見るような目で見ないでよ。
  でも大切だよ、そのセンスは。これまで「思想」は教会が
  「ひとつの装置」として使
用権を独占してきたんだけど、
  これからは市民社会の中でそれは「商品」として流通すると思うな。

    明るい未来が見えると同時に、だれからも「意義・目的」を
  命令されない社会になるんだ。 これはこれで結構きついと思うよ。