「笑うベートーベン」より                           

   B:ベッティーナ・ブレンターノ

   L:ルードウィヒ・フォン・ベートーベン

B:本屋の立ち読みで面白い本を見つけましてね
   デンマークの青年作家の新作なんだけど、あなたのことが出てるんですよ。
  その音楽は「まるで雨のようにただ無心に降り注ぐ」最高の音楽家だって。

L:ワッハッハッハ・・(笑)「やがてそれは川となり、恵みの母として、
  時には荒ぶる神となって海に注ぐ。」どうだい。いいね、
  アッハッハッハ・・(笑)

B:なんかメチャメチャ嬉しそうですよ。

L:分かってる者はちゃんと分かってるんだ。そういものなんだよ。

B:そのあと別の箇所でもう一度出てくるんですね。
   パリの画材店で「ベートーベンの顔」が壁掛け用の石膏マスクとして
  かなり売れてるらしいです。

L:へえー、この歳になってアイドルになるというのも変な気持ちだな。
  他には誰のマスクがあるの? ゲーテ大先生とか?

B:ううん、ゲーテパパのは無いんだけど・・ 

L:そうだろ、大衆だって真に偉大なものを嗅ぎ分ける直感みたいな
  ものはちゃんと持っているんだ。 
  で、ほかには誰のものが掛かってるの?


B:まあね、その、デキシの娘とか、

L:歴史の?

B:ちがうよ、できしの娘。

L:・・・ 溺死?

B:そう、溺れ死んだ身元不明の娘なんだけど、
  それがすっごい美人でさあ。


L:おい、チョッと待てよ。俺が溺死人の顔と並んで売られてるのかよ。
  どうなんだ、おい! このやろう、

B:なにするんですよ、私の首絞めたってしょうがないでしょ。
  すごい人気が出ちゃったんだから。

L:それは死者に対する冒涜だぞ。

B:もうそういうレベルの話じゃないみたいですよ。
  川から引き上げられた時点で完全にスーパースターに
  なってたっていうから。

  とにかく真っ先に彫刻家が現場に駆けつける、画家がその隣で泣くは、
  詩人が何やら大声で叫ぶはで大変だったらしいから。
  ちょうど芸術家地区が現場だったんで大騒ぎになったみたいです。


L:パリは変な人間ばっかり住んでるのか。

B:そうじゃなくて、人々が熱血漢なんですよ。

L:そうだよ、みんな熱があるんだ。全員病院へ入った方がいいよ。

B:なんでそんな風に言うんです? 
  自分がワキ役になったんでショックだったんだ。

   アッハッハ・・() 
  しかしそれより、気難しいあなたがよく石膏の型なんか採らせた
よね 
  私はそっちのほうがよほど興味があるな。


L:そう、途中で何度もキレそうになったけどパックされたままで部屋を
  飛び出す訳にも行かないしな。あれはちょうど君の紹介でゲーテ師に
  会う事が決まった頃だったと想う。 
  あの頃いちばん性格がマルかったかもしれない。


B:ああ、ちょうど私に恋してた頃ですよ。
  うん、よく分かります、それは。


L:んなわけないだろ、 アッハッハ・・(笑)


   注釈・・・・・デンマークの作家はリルケの小説「マルテの手記」の主人公。
          ベートーベンが1812年にクラインという業者に
          顔面印象を採らせていること